毎回「うちの会社は〜」から説明していませんか?
ミドリ: タツヤさん、AIに相談するたびに「うちは従業員30人の会社で、SES事業をしていて……」と最初から説明しているんです。これ、毎回やらないとダメですか?
タツヤ(nodding): やらなくていいよ。AIに記憶を持たせる方法がある。ただ、いきなり全部覚えさせようとすると失敗するんだ。
ミドリ(confused): 全部覚えていたほうが便利じゃないですか?
タツヤ: それが直感と逆でね。覚えている情報が多すぎると、かえって精度が落ちる。今日はそこの設計を話そう。
記憶には4つの層がある
ミドリ: 記憶させる、というのは具体的にどうやるんですか?
タツヤ: 方法によって性質が違うから、層で整理するとわかりやすい。
| 層 | 何を置くか | 更新頻度 | 例 |
|---|---|---|---|
| ①恒常的な前提 | ほぼ変わらない事実 | 年1回 | 会社概要、事業内容、体制 |
| ②現在の状況 | 数か月単位で変わる情報 | 月1回 | 進行中の案件、今期の目標 |
| ③やり方の指示 | 望ましい振る舞い | 随時 | 文体、禁止事項、出力形式 |
| ④参照する資料 | 必要な時だけ読む | 都度 | 過去の議事録、マニュアル |
ミドリ(thinking): 全部を同じ扱いにしてはいけないんですね。
タツヤ: そう。①〜③は常に渡してよい。④は必要な時だけ。ここを混ぜると、毎回大量の資料を渡すことになって精度が落ちる。
ミドリ: ④はどうやって「必要な時だけ」にするんですか?
タツヤ: 検索して該当部分だけ渡す形にする。全部渡すのではなく、質問に関係する数ページだけ。ここが設計の要になるところだね。
覚えさせるべきもの
ミドリ: まず何から覚えさせればいいですか?
タツヤ: ①恒常的な前提から。ここが効率にいちばん効く。中身はこれくらいでいい。
【会社の基本】
- 事業内容と主な顧客層
- 従業員規模と体制
- 使っている主要ツール
【私の役割】
- 職種と担当業務
- 決裁できる範囲
- よく作る成果物の種類
【出力の好み】
- 結論を先に書く
- 箇条書きより文章
- 専門用語は日本語で説明を添える
ミドリ: 意外と短いですね。
タツヤ(nodding): A4半分で十分。長くすると、かえって守られなくなる。短くて具体的なほうが強いんだ。
ミドリ: 「出力の好み」まで入れるんですね。
タツヤ: これが地味に効く。毎回「もっと短く」「結論から書いて」と言い直している時間って、積もると大きいからね。一度書いておけば、その指示を二度としなくて済む。
覚えさせてはいけないもの
ミドリ: 逆に、入れてはいけないものは?
タツヤ(thinking): ここが今日いちばん大事なところ。4種類は絶対に入れない。
| 入れないもの | 理由 |
|---|---|
| 顧客の個人情報 | 氏名・連絡先・取引条件。漏えい時の被害が大きい |
| パスワード・APIキー | 記憶に残ると、別の会話で出力される可能性がある |
| 人事評価・処遇の情報 | 個人の不利益に直結する |
| 未公表の重要情報 | 契約前の商談内容、公表前の経営判断 |
ミドリ(surprised): 記憶させた情報が、別の会話で出てくることがあるんですか。
タツヤ: 記憶とはそういう仕組みだからね。「覚えている」というのは「必要そうな時に出す」ということ。出してほしくない場面を制御しきれないなら、最初から入れない。これが安全側の判断だと思う。
ミドリ(thinking): 便利さより安全を優先する、と。
タツヤ: 入れなくても困らない情報が大半なんだよ。顧客名は「A社」で十分だし、金額は「数百万円規模」で相談は成立する。具体性を落としても価値が落ちないことが多い。
個人の工夫を組織の資産にする
ミドリ: これって、個人ごとにやるものですか?
タツヤ: そこが次の段階でね。最初は個人、次に共有という順番になる。
ミドリ: どういうことですか?
タツヤ(nodding): よくあるのは、社内で一人だけ異様にAIを使いこなしている人がいる状態。その人は自分用の設定を作り込んでいるんだけど、他の人は知らない。
ミドリ: うちにもいます。
タツヤ(smiling): どこにでもいるよ。その人の設定を共有するだけで、社内のAI活用が一段上がる。新しいツールを入れるより効果が大きいことも多い。
共有する時の分け方
タツヤ: ただし、そのままコピーしてもうまくいかない。共有する部分と、個人が持つ部分を分ける。
| 区分 | 内容 | 管理 |
|---|---|---|
| 全社共通 | 会社概要、禁止事項、文体の基準 | 共有ファイルで一元管理 |
| 部署ごと | 業務内容、よく使う用語、成果物の型 | 部署の代表者が管理 |
| 個人 | 担当範囲、出力の好み | 各自が持つ |
ミドリ: 3層に分けるんですね。
タツヤ: そう。全社共通の部分だけ更新すれば、全員に反映されるという形にしておくと、運用が破綻しない。個人が全部を管理する形にすると、会社概要が変わった時に誰も更新しないからね。
脱エンジニアの視点で考えると、「その情報は自分だけのものか、会社のものか」を仕分けられるかが分岐点になります。 会社のものなら共有の仕組みに乗せる。自分だけのものなら手元に置く。この仕分けができていないと、せっかくの工夫が個人の中に閉じてしまうからね。
記憶を整理する習慣
ミドリ: 一度設定したら、そのままでいいですか?
タツヤ: ダメ。古い情報が残っていると、間違った前提で答えられる。
ミドリ(surprised): たしかに……。
タツヤ: よくあるのが、もう使っていないツール名が残っているとか、去年の目標が今期の目標として扱われているとか。AIは自分で古さに気づけないからね。
ミドリ: どのくらいの頻度で見直せばいいですか?
タツヤ(nodding): 層ごとに変える。
- ①恒常的な前提 — 年1回、または組織変更のタイミング
- ②現在の状況 — 月1回、月初に見直す
- ③やり方の指示 — 違和感を覚えた時に随時
- ④参照資料 — 参照元のファイルを最新に保つ
ミドリ: ②が一番頻度が高いんですね。
タツヤ: 一番変わるからね。月初の5分でいい。「今月の状況」を書き換えるだけ。これをやるかどうかで、回答の実用性がまったく変わるよ。
うまく動かない時の切り分け
ミドリ: 設定したのに期待どおりに答えてくれない時は、どこを疑えばいいですか?
タツヤ: 上から順に確認する手順を決めておくといい。当てずっぽうに直すと、何が効いたか分からなくなるからね。
| 症状 | 疑う層 | 対処 |
|---|---|---|
| 前提を無視した回答をする | ①恒常的な前提 | 記述が長すぎないか。A4半分に削る |
| 古い情報で答える | ②現在の状況 | 更新日を確認。月次更新が止まっていないか |
| 文体や形式が指示どおりでない | ③やり方の指示 | 抽象的すぎないか。例を1つ添える |
| 資料の内容と違うことを言う | ④参照資料 | 検索がヒットしていないか、旧版を拾っていないか |
ミドリ(thinking): 症状で見る場所が決まるんですね。
タツヤ(nodding): そう。「AIの性能が悪い」で片付けると、永久に改善しない。ほとんどの不調は、この4層のどれかで説明がつくよ。
指示は抽象より具体例
ミドリ: ③の「例を1つ添える」というのは?
タツヤ: 「簡潔に書いて」だけだと、どのくらい簡潔かが伝わらない。望ましい出力を1つ見せるほうが圧倒的に効く。
- ✕ 「ビジネス文書として適切な文体で」
- ○ 「こういう文体で: 『先週の会議で決まった内容を共有します。実施は来月1日からです。』」
ミドリ(smiling): 見せたほうが早いですね。
タツヤ: 説明より見本。これは人間に仕事を教える時とまったく同じだよね。
一度に1つずつ変える
ミドリ: 直す時のコツはありますか?
タツヤ(thinking): 一度に1か所しか変えない。これは地味だけど重要でね。
ミドリ: 何か所も直したくなります。
タツヤ: なるよね。でも3か所同時に直して良くなった時、どれが効いたか分からない。次に似た問題が起きた時、また当てずっぽうになる。
ミドリ(thinking): 直し方のノウハウが溜まらないんですね。
タツヤ(nodding): そう。1か所変えて、確認して、記録する。手間に見えるけど、3回もやれば自社なりの勘所が見えてくる。そこから先は速いよ。
「育てる」とはどういうことか
ミドリ: よく「AIを育てる」と言いますけど、実際には何をしているんですか?
タツヤ(thinking): 誤解されやすいところでね。AIそのものが賢くなっているわけではない。
ミドリ: 違うんですか。
タツヤ: 賢くなっているのは渡している情報のほうなんだ。「育てる」の実体は、こういう作業。
- うまくいかなかった時に、何が足りなかったかを記録する
- その不足を、恒常的な前提や指示に追記する
- 次から同じ失敗が起きなくなる
ミドリ(thinking): 積み上げていく作業なんですね。
タツヤ(nodding): そう。しかもこの積み上げは、AIを乗り換えても持っていける。特定のサービスに依存しないからね。モデルは変わっても、自社の前提や好みは変わらない。
ミドリ: それは資産になりますね。
タツヤ: AI活用でいちばん価値が残るのが、この部分だと思う。ツールの使い方は陳腐化するけど、「自社をどう説明するか」は残り続けるよ。
まとめ
タツヤ: 今日の要点を整理しよう。
- 記憶は①恒常的な前提 ②現在の状況 ③やり方の指示 ④参照資料の4層で考える
- ①〜③は常に渡す。④は必要な時だけ。全部渡すと精度が落ちる
- 最初に作るのはA4半分の①。短くて具体的なほうが守られる
- 顧客の個人情報・鍵・人事情報・未公表情報は入れない。記憶は制御しきれない前提で
- 具体性を落としても価値は落ちないことが多い。「A社」「数百万円規模」で相談は成立する
- 共有は全社共通・部署・個人の3層に分ける。全社部分の一元管理が運用の鍵
- 見直しは②を月1回。古い前提が残ると間違った答えが出る
- 「育てる」の実体は渡す情報の積み上げ。AIを乗り換えても持っていける資産になる
ミドリ(smiling): 毎回説明する時間がなくなるだけでも、かなり違いますね。
タツヤ: それだけで日々の負担が変わるよ。しかも作るのは30分。費用対効果でいえば、AI活用の中でもトップクラスだと思う。
次のアクション
ミドリ: 何から始めましょう。
タツヤ: この3つで。
- A4半分の「会社と自分の前提」を書く — 30分。事業内容・役割・出力の好みの3ブロック
- 入れてはいけない4種類を明文化して共有する — 個人情報・鍵・人事・未公表情報
- 社内でAIを一番使いこなしている人の設定を見せてもらう — 共有できる部分を切り出す
タツヤ: Shimanto AI Solutionsでは、この整備を支援しているよ。
- 前提情報の設計 — 全社共通・部署・個人の3層構成を、自社の体制に合わせて設計する
- 入力禁止情報のルール策定 — 何を入れてはいけないかを明確にし、現場が迷わない形にする
- 運用と見直しサイクルの構築 — 月次の更新を業務に組み込み、情報の古さを防ぐ
ミドリ: まず自分の分から書いてみます。
タツヤ: それがいい。自分で使って効果を実感したものだけが、社内に広がるからね。
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