資料が増えたのに、なぜ仕事が遅くなった?
ミドリ: タツヤさん、変な相談なんですけど……AIを導入してから社内の資料がすごく増えたのに、なぜか前より探しづらくて仕事が遅くなった気がするんです。
タツヤ(nodding): それ、今いちばん増えている相談かもしれない。生成が速くなった副作用だね。
ミドリ: 副作用ですか。
タツヤ: うん。中身が薄いのに形だけ整った文書が大量に生まれる現象がある。海外では「AIスロップ」なんて呼ばれ方もするけど、要はそれっぽいだけのものだね。
ミドリ(thinking): 形は整っているから、パッと見では気づかないんですよね。
タツヤ: そこが厄介なところ。明らかにダメなら捨てられるけど、それっぽいから捨てられない。今日はこの問題の構造と対策を話そう。
なぜ量が増えると価値が下がるのか
ミドリ: 資料が増えること自体は、悪いことじゃない気がするんですが。
タツヤ: そこが落とし穴でね。文書の価値は、内容だけでなく「探せるか」で決まるんだ。
ミドリ: 探せるか。
タツヤ(nodding): たとえ話をしよう。100冊の本棚から1冊を探すのと、10,000冊から探すのとでは、どちらが速い?
ミドリ: 100冊のほうですね。
タツヤ: そう。しかも10,000冊のうち9,000冊が中身の薄い本だったら、探す時間が増えるだけで得るものは変わらない。むしろ「これは読む価値があるか」を判断する手間が増える。
ミドリ(surprised): 増えた分だけ判断コストがかかると。
タツヤ: 文書1本あたりの確認コストは、書いた人ではなく読む人が払う。しかも読む人は複数いる。1人が10分で作った薄い資料を、20人が5分ずつ読んで判断すると、社内で100分が消える。
ミドリ(thinking): 作る側は速くなって、読む側が遅くなる。
タツヤ: コストが移転しているだけなんだ。しかも移転先のほうが人数が多いから、合計では増えている。ここが見落とされやすい。
「それっぽいだけ」の見分け方
ミドリ: どうやって見分ければいいですか?
タツヤ: 特徴がはっきりしている。5つ挙げるね。
| 特徴 | 具体例 |
|---|---|
| 主語が一般的 | 「企業は」「多くの組織では」ばかりで、自社の話が出てこない |
| 数字がない、または出典がない | 「大幅に」「多くの」で埋められている |
| 判断が書かれていない | 選択肢は列挙されているが、どれを選ぶか書いていない |
| 失敗の記述がない | うまくいく話だけが並ぶ |
| 誰でも書ける | 社名を差し替えても成立する |
ミドリ(smiling): 最後の項目が一番わかりやすいです。
タツヤ: 「これ、他社の資料としてそのまま使えるよね」と言えるなら、それは社内に置く価値が薄い。検索すれば同じ内容が出てくるからね。
ミドリ: 判断が書かれていない、というのも刺さります。
タツヤ(nodding): ここが実は本質でね。社内文書の価値は、情報ではなく判断にあるんだ。「A案とB案があります」で終わる資料に価値はない。「うちの状況ではA案。理由は3つ」まで書いて初めて意味がある。
合格ラインを3つの問いで決める
ミドリ: 品質基準って、どう作ればいいですか?細かいルールを作っても守られない気がして。
タツヤ: 3つの問いだけにするといい。多いと運用されない。
① この文書を読むと、読む前より何が決まるか?
② ここに書かれていることのうち、自社にしか書けないのはどれか?
③ この文書がなかったら、誰が困るか?
ミドリ(thinking): ③が厳しいですね。
タツヤ: ③に答えられない文書は、そもそも作る必要がないんだよ。これを作成前に問うだけで、無駄な資料がかなり減る。
ミドリ: 作った後じゃなくて、作る前に問うんですね。
タツヤ(nodding): 作った後だと、もったいなくて捨てられない。人間はそういうものだからね。5分で作れるものでも、作った瞬間に愛着が湧く。だから作る前に止める。
溜まってしまったものをどうするか
ミドリ: すでに溜まってしまった分は、どうすればいいですか?
タツヤ: 消すか、まとめるか、印を付けるかの3択。
| 対応 | 対象 | やり方 |
|---|---|---|
| 消す | 明らかに使われていないもの | 6か月アクセスゼロなら削除候補 |
| まとめる | 同じテーマの断片が複数あるもの | 1本に統合し、元は消す |
| 印を付ける | 判断がつかないもの | 「未整理」フォルダに移す |
ミドリ: いきなり消すのは怖いです。
タツヤ(thinking): だから3番目があるんだ。「未整理」に移すだけでも、検索結果から外せる。半年経って誰も探さなければ、その時に消せばいい。
ミドリ: 段階を踏むんですね。
タツヤ: 一気に整理しようとすると、途中で止まって余計に混乱する。月に30分、少しずつ動かすほうが確実だよ。
「速いこと」を評価しない
ミドリ: 社内の意識面で、気をつけることはありますか?
タツヤ: ある。「たくさん作った人」を評価しないこと。
ミドリ(surprised): 評価したくなりますよね。
タツヤ: なるよね。目に見えるから。でもそこを評価すると、薄い資料の量産が加速する。評価すべきは「その資料で何が決まったか」のほう。
ミドリ(thinking): 成果物の数ではなく、意思決定への貢献。
タツヤ(nodding): そう。AI時代に価値が上がるのは、作る速さではなく、捨てる判断力だと思う。何を出さないかを決められる人が希少になる。
脱エンジニアの視点で考えると、「これは出す価値があるか」を判断できるかが分岐点になります。 作る作業はAIが引き受けてくれる。でも出すかどうかの判断は、業務と責任を持っている人にしかできない。むしろその判断こそが、これからの仕事の中身になるんじゃないかな。
社外への発信でも同じ
ミドリ: これ、社外向けのコンテンツでも同じですか?
タツヤ: まったく同じ。むしろ社外のほうが影響が大きい。
ミドリ: どういう影響ですか?
タツヤ: 中身の薄い記事を大量に出すと、読者の中に「この会社の記事は読まなくていい」という判断が形成される。一度そう思われると、後から良い記事を出しても読まれない。
ミドリ(surprised): 信頼を先に使い切ってしまうと。
タツヤ(nodding): 量産の代償は、次の1本が読まれなくなること。しかもこのコストは請求書に載らないから、気づきにくい。
ミドリ: じゃあ、本数を減らしたほうがいいですか?
タツヤ(thinking): 本数を減らすというより、1本あたりに自社固有の情報を必ず入れるというルールにするのがいいと思う。数字・失敗・実際の判断。これが入っていれば、本数が多くても薄くはならない。
速さを正しく使う
ミドリ: ここまで聞くと、生成が速いことは悪いことみたいに聞こえます。
タツヤ(smiling): そこは誤解しないでほしい。速さ自体は間違いなく価値がある。使い方の問題なんだ。
ミドリ: どう使えば正しいんですか?
タツヤ: 速さは「出す量」ではなく「捨てる量」に使う。ここが本質だと思う。
ミドリ(confused): 捨てる量、ですか。
タツヤ: うん。たとえば提案の方向性を考える時。従来は1案しか作れないから、その案を磨くしかなかった。今は5案作って4案捨てられる。
ミドリ(surprised): 捨てるために作るんですね。
タツヤ(nodding): 選択肢を増やすために速さを使うのは正しい使い方。出す量を増やすために使うのが間違った使い方。同じ速さでも、向ける先で結果が正反対になる。
| 速さの使い方 | 結果 |
|---|---|
| 5案作って1案を選ぶ | 質が上がる。捨てた4案は誰にも迷惑をかけない |
| 5案すべてを社内に共有する | 読む人の判断コストが5倍になる |
| 1本を5回書き直す | 質が上がる |
| 5本を1回ずつ書いて全部出す | 薄いものが5本残る |
ミドリ(thinking): 同じ5回でも、まったく違いますね。
タツヤ: そう。「試行回数を増やす」のと「成果物を増やす」のは別なんだ。試行は増やしていい。成果物は絞る。
捨てたものを記録しておく
ミドリ: 捨てた案は、そのまま消してしまっていいですか?
タツヤ(thinking): 「なぜ捨てたか」だけ1行残すといい。
ミドリ: 案そのものではなく、理由を。
タツヤ: そう。「B案は初期費用が予算超過のため見送り」の一行があれば、半年後に同じ議論を繰り返さずに済む。案そのものは残さなくていい。
ミドリ(smiling): 判断の記録が資産になるんですね。
タツヤ(nodding): 社内に残す価値があるのは、生成物ではなく判断。今日いちばん言いたかったのは、たぶんそこだね。
まとめ
タツヤ: 今日の要点を整理しよう。
- 生成が速くなると中身が薄いのに形だけ整った文書が増える。それっぽいから捨てられない
- 文書の価値は「探せるか」で決まる。量が増えると探す時間と判断コストが増える
- コストは作る人から読む人へ移転する。しかも読む人のほうが多い
- 見分け方は一般的な主語・数字がない・判断がない・失敗がない・誰でも書けるの5点
- 基準は3つの問いだけ。特に「なかったら誰が困るか」を作成前に問う
- 溜まった分は消す・まとめる・印を付けるの3択。一気にやらず月30分ずつ
- 「たくさん作った人」を評価しない。評価すべきは何が決まったか
- 社外発信では量産の代償は次の1本が読まれなくなること
ミドリ(smiling): 「作らない判断」も仕事なんですね。
タツヤ: そこがこれからの中心になると思う。作れることが価値だった時代から、選べることが価値の時代へ。道具が速くなった分、判断の重みが増したということだね。
次のアクション
ミドリ: 何から始めましょう。
タツヤ: この3つで。
- 3つの問いを1枚にして、資料作成前に見る運用にする — 特に「なかったら誰が困るか」
- 直近3か月で作られた資料を10本抜き出し、5つの特徴で採点する — 現状把握になる
- 「未整理」フォルダを作り、判断がつかないものを移す — 消さなくていい。検索から外すだけ
タツヤ: Shimanto AI Solutionsでは、この整理を支援しているよ。
- 文書の棚卸しと品質基準の策定 — 現状の資料を分析し、自社に合った合格ラインを設計する
- 作成前チェックの運用設計 — 3つの問いを業務フローに組み込み、無駄な生成を止める
- ナレッジ整理の伴走 — 統合・削除・保留の判断を、現場と一緒に進める
ミドリ: 作る前に問う、から始めます。
タツヤ: そう。入口を絞るのが、いちばん安上がりな整理だからね。
情報の時点について
本記事は執筆時点(2026年8月)における当社および支援先での観察に基づく整理です。「AIスロップ」という語は定義が定まった学術用語ではなく、生成物の質の低下を指す通称として使っています。