AI翻訳をそのまま公開して、なぜ事故が起きるのか?
ミドリ: タツヤさん、海外からの問い合わせが増えてきたので、サイトを英語対応したいんです。AI翻訳を使えば安くできますよね?
タツヤ(nodding): できるよ。品質もかなり上がった。ただ「全部AIに任せる」と「全部人間に任せる」の間にある正解を見つけないと、安さと引き換えに事故を買うことになる。
ミドリ(surprised): 事故、ですか。
タツヤ: うん。実際に起きているのは、翻訳の間違いより、翻訳してはいけないものを翻訳した事故なんだ。今日はそこを整理しよう。
文書の種類で扱いを変える
ミドリ: 翻訳してはいけないものがあるんですか?
タツヤ: 正確には「AIだけで完結させてはいけないもの」だね。3段階に分けて考える。
| 段階 | 文書の例 | 扱い |
|---|---|---|
| A: AIで完結可 | 会社紹介、ブログ記事、ニュース、採用情報 | AI翻訳 → 軽い確認 |
| B: 人間の確認必須 | サービス説明、価格ページ、FAQ | AI翻訳 → 内容を理解できる人が確認 |
| C: 専門家が必要 | 契約書、利用規約、プライバシーポリシー、安全上の注意 | 専門翻訳者・法務確認 |
ミドリ(thinking): 契約書は専門家、というのは分かります。「安全上の注意」もですか?
タツヤ: ここが盲点でね。「〜しないでください」が「〜してください」に反転するような誤訳が起きると、人身事故につながりうる。製品の取扱説明書や注意書きは、言語の問題ではなく安全の問題として扱うべきなんだ。
ミドリ(surprised): 反転することがあるんですか。
タツヤ: 二重否定や条件節が絡むと起きうる。頻度は低くても、起きた時の被害が致命的なら、確率で判断してはいけない。
AIが苦手なもの
ミドリ: AI翻訳が特に苦手なのは何ですか?
タツヤ: 5つある。ここを知っておくと、確認すべき箇所が絞れる。
- 固有名詞 — 自社名・商品名を勝手に意訳する。「山田工業」が意味翻訳されたりする
- 業界用語 — 一般語として訳されて意味が変わる
- 敬語・丁寧さの度合い — 日本語の丁寧さは他言語に直訳できない
- 主語の省略 — 日本語は主語を省く。AIが誤った主語を補うことがある
- 数量・単位 — 「約」「以上」「以下」の扱いがずれると条件が変わる
ミドリ: 主語の補完、怖いですね。
タツヤ(nodding): 「対応します」が誰の話なのか。自社なのか、お客様なのか、第三者なのか。日本語では文脈で分かるけど、翻訳時に間違った主語が入ると、責任の所在が逆になることがある。
ミドリ: それは契約に関わりますね。
タツヤ: だから主語が省略された文は要注意。翻訳前に日本語側で主語を補っておくのが、実は一番効く対策なんだ。
用語集を先に作る
ミドリ: 固有名詞や業界用語の対策はありますか?
タツヤ: 用語集を作る。これが多言語対応の8割を決めると言っていい。
| 日本語 | 英語 | 備考 |
|---|---|---|
| 株式会社シマント | Shimanto Inc. | 訳さない。この表記で固定 |
| AI駆動開発 | AI-driven development | 直訳しない |
| 脱エンジニア | (説明的に訳す) | 直訳すると意味が通じない |
| 案件 | project / engagement | 文脈で使い分け。「case」は不可 |
ミドリ: 「訳さない」も指定するんですね。
タツヤ(nodding): 社名・商品名・ブランド用語は訳さないことを明示する。これがないと、翻訳のたびに違う表記が出てくる。表記がぶれると、同じ会社だと認識されなくなるからね。
ミドリ: どのくらいの量が必要ですか?
タツヤ: 最初は30語で十分。自社名、主要商品名、よく使う業界用語。運用しながら足していけばいい。完璧な用語集を作ってから始めようとすると、永久に始まらないよ。
更新が止まる問題
ミドリ: 翻訳した後の運用で気をつけることは?
タツヤ: 実はここが最大の課題でね。多言語サイトの本当の失敗は、翻訳品質ではなく更新停止なんだ。
ミドリ(thinking): 日本語だけ更新されて、英語版が古いまま……。
タツヤ: それ。よくあるのは「2年前の価格が英語ページに残っている」みたいな状態。これは誤訳よりよほど実害が大きい。
ミドリ: どう防げばいいですか?
タツヤ: 3つの方法がある。
| 方法 | 内容 | 向くケース |
|---|---|---|
| 同時更新の義務化 | 日本語を更新したら英語も同時に。更新漏れを構造的に防ぐ | ページ数が少ない |
| 翻訳の自動化 | 日本語の更新を検知して自動翻訳→レビュー待ちに入れる | ページ数が多い |
| 対象を絞る | そもそも多言語化するページを10ページに限定する | リソースが限られる |
ミドリ(surprised): 3つ目、思いつきませんでした。
タツヤ: 全ページを多言語化する必要はないんだよ。海外の閲覧者が本当に見るのは、会社概要・サービス・問い合わせ・実績くらい。10ページを最新に保つほうが、100ページが古いより価値がある。
ミドリ: たしかに、そうですね。
タツヤ(nodding): 量より鮮度。これは多言語対応に限らず、情報発信全般に言えることだけどね。
脱エンジニアの視点で考えると、「その文書は誰の何を決めるのか」を見極められるかが分岐点になります。 読んで終わる文書と、読んで契約する文書、読んで機械を操作する文書では、必要な確認の重さがまったく違うからね。
実装の選択肢
ミドリ: 技術的にはどう作るんですか?
タツヤ: 大きく3つの方式がある。
| 方式 | 仕組み | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| 静的な別ページ | 翻訳済みのページを用意する | 品質を確認できる。表示が速い | 更新の手間が2倍 |
| ブラウザ自動翻訳に任せる | 何もしない | コストゼロ | 品質を制御できない。検索に載らない |
| 配信時に翻訳 | アクセス時に翻訳して返す | 更新漏れが起きない | 表示が遅くなる。翻訳費用が継続 |
ミドリ: 何もしない選択肢もあるんですね。
タツヤ(thinking): 実は訪問者が少ないうちは、それも合理的なんだ。ブラウザの翻訳機能はかなり優秀だからね。ただ検索エンジンには日本語ページとしてしか認識されないから、集客には効かない。
ミドリ: 集客したいなら、ちゃんと作る必要があると。
タツヤ: そう。「見に来た人に読ませたい」のか「検索から呼びたい」のかで選ぶ方式が変わる。ここを決めずに作ると、どっちつかずになる。
品質確認のやり方
ミドリ: 翻訳の確認は、その言語ができる人がいないと無理ですよね。
タツヤ: 完璧を求めるならね。でも社内でできる確認もあるんだ。
- 逆翻訳する — 訳した文をもう一度日本語に戻して、意味が変わっていないか見る
- 数字と固有名詞だけ照合する — ここは言語ができなくても確認できる
- 否定形の位置を確認する — 「not」「never」の有無を原文と突き合わせる
- リンク先とボタン文言を確認する — 誤訳より、リンク切れのほうが実害が大きい
ミドリ(smiling): 逆翻訳、すぐできそうです。
タツヤ(nodding): 万能ではないけど、明らかな崩れは発見できる。特に主語の取り違えは逆翻訳でよく見つかる。確認ゼロと、この4項目の確認では、事故率がまったく違うよ。
問い合わせが来た後まで設計する
ミドリ: サイトを多言語化したら、問い合わせも外国語で来ますよね。
タツヤ(nodding): そこ、一番忘れられる論点なんだ。翻訳して集客したのに、返信できなくて放置という事態が普通に起きる。
ミドリ(surprised): それは最悪ですね……。
タツヤ: 問い合わせフォームだけ英語にして、対応体制がないケースは本当に多い。入口を作ったら出口も作る必要がある。
ミドリ: どう設計すればいいですか?
タツヤ: 現実的な形はこう。
| 段階 | 対応 | 必要な体制 |
|---|---|---|
| 一次返信 | AI翻訳を使い、24時間以内に受領連絡 | 特別な人材は不要 |
| 内容の理解 | 問い合わせ文をAIで日本語に翻訳して読む | 同上 |
| 回答の作成 | 日本語で書いてAI翻訳。定型文を用意 | 同上 |
| 込み入った交渉 | 通訳・翻訳会社を都度依頼 | 外部との契約 |
ミドリ(thinking): 最初の3段階は今の体制でできそうですね。
タツヤ: できる。「まず受け取って、返事をする」までなら十分に回せる。大事なのは沈黙しないことなんだ。
ミドリ: 返事が来ないのが一番印象が悪いですもんね。
タツヤ(nodding): そう。しかも一次返信の定型文を5パターン用意しておけば、その場で翻訳する必要すらない。「お問い合わせありがとうございます。3営業日以内に担当者よりご連絡します」を各言語で持っておくだけでいい。
返信に使う時の注意
ミドリ: 返信にAI翻訳を使う時の注意点は?
タツヤ: 2つ。
- 金額・納期・条件を含む文は、必ず数字を原文と照合する — 桁や単位のずれは致命的
- 断りの文は特に慎重に — 日本語の婉曲な断りが、直訳で失礼になったり、逆に承諾と読めたりする
ミドリ(surprised): 断りが承諾に見えることがあるんですか。
タツヤ: ある。「検討させていただきます」を直訳すると、前向きに検討中と読まれるからね。断る時は日本語側で明確に書く。婉曲表現は翻訳に耐えないんだ。
ミドリ(thinking): 日本語の書き方から変える、というのはここでも同じですね。
タツヤ: そう。翻訳の品質を上げる最短ルートは、原文を明確にすること。これは全編を通じた原則だね。
まとめ
タツヤ: 今日の要点を整理しよう。
- 文書をA: AIで完結 / B: 人の確認必須 / C: 専門家必須の3段階に分ける
- 契約書・規約・安全上の注意はC。「〜しないで」が反転する誤訳は致命的
- AIが苦手なのは固有名詞・業界用語・敬語・省略された主語・数量表現
- 翻訳前に日本語側で主語を補うのが最も効く対策
- 用語集を30語から作る。訳さない語を明示するのが特に重要
- 最大の失敗は誤訳ではなく更新停止。量より鮮度、10ページを最新に保つ
- 社内でできる確認は逆翻訳・数字と固有名詞・否定形・リンクの4点
ミドリ(smiling): 全部を訳さなくていい、というのが一番の発見でした。
タツヤ: そこが実務的な落としどころだね。訳す範囲を絞れば、品質も鮮度も守れる。広げるのは、それが回り始めてからで十分だよ。
次のアクション
ミドリ: 何から始めましょう。
タツヤ: 3ステップで。
- 多言語化するページを10ページに絞る — 会社概要・サービス・問い合わせ・実績が基本
- 用語集を30語作る — 社名・商品名・業界用語。「訳さない」指定を忘れずに
- 日本語原文の主語を補う — 翻訳前の下ごしらえ。ここが品質を大きく左右する
タツヤ: Shimanto AI Solutionsでは、この対応を支援しているよ。
- 対象範囲と方式の決定 — 目的(閲覧向け/集客向け)に応じて、実装方式を一緒に選定する
- 用語集と原文整備 — 訳さない語の定義と、翻訳しやすい日本語への書き換えを支援
- 更新が止まらない運用設計 — 日本語更新と連動する仕組みを作り、鮮度を保つ体制を整える
ミドリ: まず10ページに絞るところからですね。
タツヤ: そう。絞ることが品質を守る最短ルート。全部やろうとした瞬間に、全部が古くなるからね。
情報の時点について
本記事は執筆時点(2026年8月)における当社の実践に基づく整理です。契約書・利用規約・安全上の注意の翻訳は、必ず専門の翻訳者と法務の確認を経てください。 本記事は法的助言ではありません。